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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1065号 判決 1979年7月16日

控訴人(原審本訴原告兼反訴被告)

甲野一郎

被控訴人(原審本訴被告兼反訴原告)

乙山太郎

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し金一〇万円及びこれに対する昭和五一年二月二四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人の本訴請求及び被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は本訴、反訴及び第一、二審を通じ、これを一〇分し、その七を控訴人のその三を被控訴人の負担とする。

三  この判決は第一項1の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  申立

(控訴人)

一  原判決を取消す。

二  被控訴人は控訴人に対し六〇万円及びこれに対する昭和五〇年一二月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)控訴棄却。

第二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に訂正付加するほか原判決書事実欄記載のとおりであるからこれを引用する。

なお、控訴人は当審において本訴請求を前記申立二の限度に減縮した。

一  原判決書三枚目表二行目に「は登記簿上」とあるのを、「の登記簿上の所有者は」と訂正する。

二  主張の追加

(控訴人)

1イ 前記引用にかかる原判決摘示の本訴請求の原因3の(8)及び(9)の二件の控訴人に対する損害賠償の請求は、すでに昭和五二年二月二一日に全部棄却され、控訴人に故意過失は全くなく、不法行為が成立しないとした右判決は同年三月一九日の経過をもつて確定した。

ロ 元来、右(8)、(9)の如き訴訟の提起は、いかに被控訴人がその依頼者たる三恵から委任されたとしても、よくよく慎しむべき事柄であり、断じてこのような依頼は拒否するべきであり、さもないと弁護士の正当業務の妨害となる虞れが大きい。

2 右(9)の訴訟における本件建物の資料相当の損害金の請求は、前訴で請求した額が独立した額としてすでに判決確定し、執行を了しているから、二重の請求である。

3 前記(8)の訴訟中において、被控訴人は担当裁判官より「少し感情的になつているようだが、訴訟を続ける気持ですか」と問われたことがあるが、被控訴人は、その際逆に却つて前記(9)の訴訟を起すつもりだと述べて反省しなかつた。このような弁護士に対する訴訟が横行したら全くもつて危険極まりない。

4 控訴人が(5)の訴訟(本登記訴訟)を提起し、一審で全面敗訴したが、控訴を提起したことは、過失による不当提訴ではない。

それは、被控訴人が、(5)の訴訟の被告三恵代理人として提起した反訴の中に、三恵が被控訴人と共謀し、東京地方裁判所が発した本件建物取壊禁止の仮処分決定を無視して自らの手で取りこわしたためすでに現存していなかつた本件建物の所有権確認請求がふくまれていたからである。右確認の訴については第一審では認容されたが、控訴審において訴えを却下され、現在三恵において上告中である。

5 被控訴人は、(5)の訴訟(本登記訴訟)において乙第五ないし第一三号証の正本のみ裁判所に提出し、副本は裁判所の勧告を無視して控訴人に渡さなかつた。これは民事訴訟法規則三九条に違背する。

6 被控訴人は、(5)の事件の控訴審において三恵の代理人として同事件を担当中に、係争権利たる本件土地の所有権の一部を譲り受けた。これは弁護士法二八条に違反する。

7 被控訴人は、三恵と共謀して、東京地方裁判所が発出した本件建物取壊禁止の仮処分決定を無視して実力で本件建物を取壊した。

(被控訴人)

控訴人の当審における右各主張をすべて争う。

二 証拠関係<省略>

理由

第一控訴人の本訴請求について

一請求の原因1ないし5、及び7の各事実は当事者間に争いがない。

二1  控訴人は、被控訴人が三恵の訴訟代理人となり控訴人に対してした(8)の訴の提起が不法行為を構成すると主張する。

(8)の訴訟が本件本訴請求原因事実5(但し5の(二)のうち「三恵の勝訴判決が確定したにもかかわらず」との点を除く、以下同じ)のとおり被控訴人が三恵と打合わせのうえ三恵の訴訟代理人となり控訴人が相手に提起したものであつて、その請求の要旨も右請求原因5の(一)ないし(五)のとおりであることが当事者間に争いがないことは前記のとおりである。

2  そこで右訴提起が不法行為に該当するか否かについて検討する。

<証拠>によれば、控訴人は(3)の訴訟(所謂仮登記訴訟)の第一審において被告東、同東不動産株式会社、同株式会社福入レンター(以下「福入」という。)、同池末定雄、同木村ヨシ子の訴訟代理人として、「仮に本件基本契約が売買の予約であるとしても、被告東は昭和四三年二月末までに三恵から新築共同住宅の設計図の交付を受け、取引銀行にこれを示したうえ予約代金(本件土地及び新築共同住宅の時価相当額)の支払いにあてるための資金を借り受け、その後予約完結権を行使するものと約定した関係上、三恵の設計図交付債務の履行は右完結権行使の前提であつて、これが履行されるまではたとえ右完結権行使期限を経過しても予約は効力を失わず、東は完結権を有する」旨の仮定的主張をしたが、第一審(の東京地方)裁判所によつて昭和四五年一二月一〇日「右主張に添う甲第四、乙第一〇、第一三、第一五証、被告東本人尋問の結果は証人鈴木秀作の証言に照らし採用しがたく、その他、右特約の存在を認めるに足る確証はない。」として右主張は排斥され、この(3)の訴訟の第二審において同事件控訴人東、同東不動産株式会社、同福入は、訴訟代理人真木洋を通じて、「本件基本契約の内容の一つに、三恵が本件土地上に建築する建物の設計図面を昭和四三年三月一〇日までに東に引渡すことが定められていた。それは東がその図面を銀行等に呈示して融資を受け、もつて三恵に対する借金を返済する手順であつたためである。しかるに三恵は約束に反し同年五月下旬ようやく設計図面を東に送付してきたが、既に弁済期も間近かで融資依頼の役に立たないので、東は直ちにこれを三恵に返送し、かつ三恵から要請のあつた仮登記抹消のための東の印鑑証明書の送付をもことわり、これをもつて譲渡担保契約解除の意思表示をした。」と主張した(三恵は本件被控訴人及び横田聡を訴訟代理人として同事件控訴人らの言う設計図面交付の約束は全然存在しないと述べた)が、第二審(の東京高等)裁判所は昭和四七年四月一九日言渡した判決において、「原審当審の東日出光の本人尋問の結果並びに成立に争いのない乙一〇号証、同一三号証(甲四号証)東日出光の作成と認められる乙一五号証には、右主張に副う内容の供述と記載がある。しかし、本件契約成立時に作成された契約書(甲一号証、本件甲第三号証)には右主張のような特約の記載はなく、むしろ設計図面は昭和四三年五月三一日に東が四、三〇〇万円を支払うのと引換えに三恵から東に引渡す旨記載されていることと、本件土地の買主で地上に共同住宅の建築を予定している三恵(このことは甲五号証及び口頭弁論の全趣旨で真正に成立したと認める甲九号証から明らかであつて、東日出光の供述から推すと、三恵は東からその建築を請負つたことになるが、請負契約の成立も認めるべき証拠はない。)が再売買成立に協力する義務を負うごとき約束、或いは、請負契約もないのに設計図面の作成交付を合意し、その不履行が売買契約全体に影響するごとき約束をする理由も見出しがたいことから判断し、右東日出光の供述その他の記載内容は信用できず、同事件控訴人らの主張事実は認めることができない。」と判示して右主張を排斥している。そして成立に争いのない甲第六号証の一によれば、それにもかかわらず東は、昭和四七年五月一日に控訴人を訴訟代理人とし三恵を被告として(5)の訴訟(所謂本登記訴訟)を提起し、この訴状において、控訴人は代理人として、既に(3)の訴訟で排斥されている主張を再び持ち出し「本件基本契約において、東が昭和四三年五月三一日までに売買を完結して所有登記を確実に東名義としたうえ、本件建物を取壊してその跡にビル建築をすることも話合われ、右買戻し代金及びビル建築資金を調達するため銀行融資用の程度のビル建設、設計図面及び見積書を三恵が作成の上東の許へ、おそくとも昭和五三年三月初旬までに間に合うよう持参することが三恵、東間に確約された。ところが―三恵が右債務を履行しなかつたので―東は本件基本契約を解除した」と主張して、三恵に対し東から三、三〇〇万円を受領するのと引換えに本件土地建物につき東に対する所有権移転登記手続をすることを求めた(本訴請求)ことが認められる。

3  <証拠>によれば、三恵は、(5)の訴訟につき、本件土地建物の所有権確認請求、及び(5)の訴訟提起自体を不法行為としてこれによつて三恵の蒙つた弁護士費用相当額の損害賠償請求を反訴として三恵に対して提起し、一審、二審とも、東の本訴請求は棄却され、三恵の東に対する反訴請求は全部認容(但し第二審で、既に取壊され、現存しない本件建物の所有権確認を求めた訴は確認の利益なしとして却下)されたことが認められる。

4 このように(3)の訴訟におけるのと同一の理由のもとに再度(5)の訴を提起するのは、特段の事情がない限り、当事者である東についてみれば、自己の主張の理由がないことを知りながら敢えてなした不当な訴提起であつて、到底、正当な訴権の行使であるということはできず、違法なものとして不法行為を構成することになる。

5 しかし一般に代理人を通じてした訴や控訴の提起が違法であつて依頼者たる本人が相手方に対し不法行為の責を負わなければならない場合であつても、代理人は常に必ずしも本人と同一の責を負うべきものと解することはできない。すなわち、代理人の行為について、これが相手方に対する不法行為となるためには、単に本人の訴等の提起が違法であつて本人について不法行為が成立するというだけでは足りず、訴等の提起が違法であることを知りながら敢えてこれに積極的に関与し、又は相手方に対し特別の害意を持ち本人の違法な訴等の提起に乗じてこれに加担するとか、訴等の提起が違法であることを容易に知り得るのに漫然とこれを看過して訴訟活動に及ぶなど、代理人としての行動がそれ自体として本人の行為とは別箇の不法行為と評価し得る場合に限られるものと解すべきである。殊に弁護士である代理人についてそのような不法行為が成立するか否かを判断するに当つては、元来弁護士は社会正義の実現の責務を負つている(弁護士法一条参照)とはいえ、当事者の権利の擁護を図り、本人の意図するところの実現に寄与するようその意を体して行動することもまた重要な職責であることにかんがみ、弁護士の正当な訴訟活動を不当に制限する結果とならないよう慎重な検討を加えねばならない。

6  <証拠>によれば、控訴人は(5)の訴訟を受任し訴を提起するに際し、既にこれと実質的に同一の争点につき前述のとおり控訴審の判断が示されており、控訴人を引ついで同訴訟控訴審を担当した真木洋弁護士に問合わせるだけでこれを知ることができ、前記(5)の訴訟における東の主張が右控訴審の判断において否定されていることを知りえたはずであり、これを或程度察知していたこと、しかしなお東の言を信じ、訴訟法的には(5)の訴訟は(3)の訴訟とは訴訟物が異なるため既判力には抵触せず、従つて裁判所が別異の判断を示す可能性があり、そうである以上、従来の経緯にかんがみ東の強い意向を尊重して最善を尽くすことが職責であると考えて右事件を受任したものであることが認められるから、これらの点を総合して考えると、控訴人の右行為をもつて違法であるということには躊躇せざるを得ない。

7  そして控訴人が東から依頼されて(5)の訴訟活動を行うについて東の訴提起が違法であることを知りながら敢えてこれに関与し、東の不法行為に加担したものと認めうる証拠はない。また(5)の訴等の提起が違法であることを容易に知り得るのに漫然とこれを看過して訴訟活動に及んだと認めるに足る証拠もない。

8  <証拠>によれば、被控訴人が三恵の代理人として提起した(8)の訴訟は、このような理由から、昭和五二年二月二一日第一審の東京地方裁判所において三恵の請求を全部棄却する旨の判決が言渡され、この判決は同年三月一九日の経過をもつて確定したことが認められる。

9  しかしながら、(8)の訴訟について三恵敗訴の判決が確定したからといつて、三恵が権利があると誤信したことに相当な理由がある場合には、三恵自身にも過失があつたものということはできないことは勿論であるが、たとえ代理人を通じてした(8)の訴の提起が違法であつて依頼者たる三恵本人が相手方に対し不法行為の責を負わなければならない場合であつても、受任者である代理人は常に必ずしも本人と同一の責を負うべきものと解することができないことは、前述のとおりである。そこで右観点から検討するに、以上説示したように東は、(3)、(4)、(5)の訴訟でその主張が排斥されて敗訴しており、(5)の訴訟では本訴請求が棄却されたばかりでなく、それが(3)の訴訟のむし返し訴訟であることを理由に三恵へ弁護士費用相当額の損害賠償をすることを命ぜられており、(6)の刑事訴訟では、(1)の仮処分の申請そのものを違法とされ、三恵に対する業務妨害罪に問われて有罪判決を受け、控訴、上告も棄却され確定しており、又(7)の告訴は告訴人自ら取下げていることが<証拠>によつて認められる。そして控訴人は東と三恵との間の訴訟、仮処分、告訴等の事件について一部上訴事件を除き当初から一貫して東らの代理人となり各事件に積極的に関与していたことも、当事者間に争いのない前記事実及び前記事実認定に用いた各証拠によつて明らかであり、これらの事実を総合すると、三恵は、控訴人が東らと意思相通じ、東らと同一の認識のもとに、三恵に対する各訴訟活動に出たものと考えて(8)の訴提起に踏切つたものと推認することができ、三恵がそのように考えたことは、相当に合理的な根拠に基づかないものということはできないと解するのが相当である。そうだとすれば、三恵から右(8)の訴訟の提起追行を委任されて行つた被控訴人の訴訟活動もまた、違法性を欠くものといわなければならない。そして他に控訴人主張のような被控訴人と三恵との共同不法行為の成立を肯認するに足りる証拠はない。

三控訴人は、請求原因8において、被控訴人が三恵と島嵜との代理人となつて控訴人に対してした(9)の訴の提起が真実を歪曲し、弁護士の正当業務を誹謗するものであつて、被控訴人の故意又は過失により原告の名誉、信用を毀損するものであるのみならず、別件訴訟で落着ずみの賃料相当損害金を再び請求するものであつて違法であると主張する。

しかし(9)の訴提起が、①真実を歪曲し、弁護士の正当業務を誹謗するものであることを認めさせるに足る証拠はなく、②被控訴人に三恵と共同して控訴人の名誉、信用を毀損させる故意ないし過失があつたことを認めるに足る証拠はない。③別件訴訟で落着ずみの賃料相当損害金を再び請求するものであるか、否かについて考えるに、<証拠>によれば、原告三恵(訴訟代理人弁護士は被控訴人と訴外横田聡)、被告東不動産株式会社と被告福入間の東京地方裁判所昭和四八年(ワ)第七一一号損害賠償請求事件において、三恵は、右被告両名に対し本件建物不法占有を理由として昭和四五年三月一日から同四七年四月末日まで一箇月三万円の割合による賃料相当の損害金計七八万円の連帯支払いを求めて認容され、その判決を債務名義として同四九年四月三〇日債権転付命令を受けたことが認められるのに、<証拠>によると、三恵(訴訟代理人被控訴人)は、同四九年一二月九日に更に控訴人に対し、昭和四三年六月一日以降本件建物の占有使用を妨げられたことによる同四六年一二月一〇日から同四七年五月九日まで一箇月二五万円の割合による賃料相当の損害を受けたとしてそのうち同期間一箇月二〇万円の割合による同損害金一〇〇万円の支払いを求めたことが認められる。右両訴訟の、本件建物の占有妨害期間が、昭和四六年一二月一〇日から同四七年四月末日までの間は、重複していることが明らかである。(<証拠>によると、右後訴は東京地方裁判所に同庁昭和四九年(ワ)第五、一一七号として係属したこと、そして右後訴の請求棄却の判決が確定したことが認められる。)しかし三恵としては後訴において、前訴の損害金は一部請求であつた、と主張し、残部二二万円のうち二〇万円を請求しているものと解されるが、前訴の損害金について特に一部請求であつたことを明示していないことは、<証拠>によつて明らかであるから、最高裁判所昭和三二年六月七日判決・民集一一巻六号九四八頁の趣旨から考えると、かかる請求が許されるか、否か甚だ疑問である。しかし、右の見解には反対説があり、前訴で一部請求であることを明示しなくても、後訴で前訴を一部請求であつたとして残部請求をすることができるとする学説があるのであるから、かかる見解に従つて提起した後訴をもつて直ちに不当訴訟ということはできない。

そして、<証拠>によれば、被控訴人が三恵と島嵜との代理人となつて提起した(9)の訴訟は、前記(8)の訴訟と併合のうち、昭和五二年二月二一日第一審の東京地方裁判所において、三恵と島嵜の各請求を全部棄却する旨の判決(ただし、前記一〇〇万円の使用損害金の請求が前訴との関係で許されるか、どうかについては判断しなかつた。)が言渡され、同判決はそのまま同年三月一九日の経過をもつて確定していることが認められる。しかし依頼者ら敗訴の判決が確定したことをもつて受任弁護士が依頼者に権利があると誤信したことに過失があつたことを推定することはできないことは、既に述べたとおりである。

四控訴人は、請求原因9において、(8)、(9)の訴訟中被控訴人は、何の関係もないし、自己の依頼者さえ知らない筈の弁護士懲戒請求事件を公表して人の弱みにつけこんでのゆすりたかりを図つたり、(3)の訴訟中に東と控訴人が賃貸借関係について虚偽の主張を維持するや否やの論争、衝突をしていた旨故意に歪曲した主張をした旨主張する。

しかし被控訴人が懲戒請求事件の公表によつて人の弱みにつけ込んでのゆすりたかりをはかつたことを認めるに足る証拠はなく、(3)の訴訟中に本件建物の賃貸借関係についてそれまで控訴人のすすめに従つて来た東が、検察官に述べて来たのと異なる主張(賃貸借及び転貸借関係が存在しないのに存在したとの主張)を撤回する旨述べたことに関し、東と控訴人との間に論争、衝突があつたか否かについて、被控訴人が東に対し質問をしたことの認められる書証は存在するが、そのような主張を訴訟代理人として被控訴人がしたことを認めるに足りる証拠はない。

従つてこの点についての控訴人の主張も理由がない。

五以上の理由から本訴請求はすべて理由がない。

第二被控訴人の反訴請求について

一<証拠>によれば、反訴請求原因1の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二本件本訴請求が①弁護士である被控訴人に対して、被控訴人が三恵単独及び三恵と島嵜の両名から依頼されて(8)及び(9)の各訴を提起したことを不法行為として損害賠償を求める請求と、②被控訴人が右各訴訟において懲戒事件を公表してもつて人の弱みにつけ込んでゆすり、たかりを図つたこと及び(3)の訴訟中東と控訴人とが賃貸借関係に関する虚偽の主張を維持するか否かにつき論争、衝突をしたと虚偽の主張をして控訴人の名誉を毀損したことを不法行為として損害賠償を求める請求であることは、記録上明らかである。

前者については、<証拠>によつても、また控訴人が当審において昭和五二年九月一六日付で提出した本件抗告人準備書面(第一回)の第一の五の最初から五行目までによつても、控訴人本人は、前者の如き請求は中々認容される例が少ないこと及び右の如き訴の提起は、いかに訴訟代理人弁護士が依頼者から依頼されたとしてもよくよく慎しむべきことがらであり、断じてこのような依頼は拒否するべきであり、さもないと被告とされた弁護士の正当業務の妨害となる疑いと危険が大なるものであることを十分知悉していることが認められるのに、三恵から依頼を受けて代理人として訴を提起した被控訴人に対して、自ら原告として、被控訴人の右訴提起行為を不法行為として損害賠償の請求をしたものであるから、少くとも本件本訴提起が理由のないことは十分知りうべきであつたというべきであり、後者についてもゆすりたかりを図つたことを立証できるわけがないことを十分知りうべきであつたであろうし、また当審において控訴人が自ら提出した原本の存在及び<証拠>によれば、東が(8)の訴訟において控訴人側の証人として出廷した際、裁判長から東の検察官に対する供述調書(同事件甲第二六号証写)を示されて、「いつわりの賃貸借契約を資料として民事を争うようなことというようなことも書いてありますが、」「要するに賃貸借契約書があればいいというような話が出たかどうか(坪井弁護士との間で)」などと尋問されていることが認められ、また<証拠>によつても、前記東の検察官に対する供述調書中には、東が検察官に対して、仮登記訴訟の途中でビツクス商事の賃借権について東と控訴人との間で意見が衝突したことを述べていることを控訴人自ら知つていることが認められるのであるから、右検事調書を根拠にそのとおりの主張をすることをとらえて名誉毀損として損害賠償請求しても、それが理由のないことは、容易に知り得べきであつたのに本件本訴を提起したと言わなければならない。

そうだとすれば、控訴人の本訴提起は被控訴人に対する不法行為を構成するものといわなければならない。

三被控訴人がこのような不当提訴をされて応訴を余儀なくされ、原審においては弁護士仲田信範を被控訴人の訴訟代理人に委任して争つたことが記録上明らかであり、このことからも、被控訴人が精神的苦痛を受けていることは容易に推認できる。

四しかし、控訴人が本件本訴を提起したのは、被控訴人が訴訟代理人として(8)(9)の訴訟を提起し被控訴人個人を不法行為者として損害賠償請求をしたことに対する報復的訴訟であることは右(8)(9)事件と本件本訴の関係から容易に看取することができる。しかも前認定のとおり(8)(9)の訴訟は既に請求棄却判決が確定しているのであるから、これらの点を考慮すると、被控訴人の蒙つた右の苦痛を慰謝するものとしては一〇万円をもつて相当と認める。

五してみると被控訴人の反訴請求は控訴人に対し、右慰謝料一〇万円及びこれに対する控訴人の不当提訴の後でありかつ反訴状送達の翌日であることの記録上明らかな昭和五一年二月二四日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求はこれを棄却すべきである。

第三以上の理由により、原判決中控訴人の本訴請求を棄却し、被控訴人の反訴請求中、一〇万円とこれに対する遅延損害金を認容した部分は相当であるが、反訴請求中右限度を越えて請求を認容した部分は不当であるから、原判決を主文第一項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(岡松行雄 園田治 木村輝武)

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